経常収支を理由に再稼働という理屈

経常収支の黒字を維持すること自体が政策の大目標になってはならない。なぜなら、それは国境をまたぐ非金融取引の出入りの数字の差し引きであり、ミクロ面では内需の強弱と外需の強弱が複雑に起因するし、マクロ面では貯蓄投資のバランスを反映するからである。もちろん、一国の貯蓄投資バランスが内需と外需の強弱と対の関係であることは言うまでもない。

経常収支の状態があたかも国力を示しているかのように語られるのは、あまりにも経済にうとい政治的レトリックである。極端な話、チャウシェスク独裁時代のルーマニアでさえも、一時的にでも輸出超過の状態を人為的に作って経常収支黒字にしていた。いわゆる「飢餓輸出」といわれているもので、自国民が消費すべき分まで輸出し、飢餓の代償として外貨を稼ごうとする倒錯を起こしていた。

3.11前の日本の経常収支黒字だって、弱い内需とそれゆえに豊富な家計・企業の貯蓄に裏付けられていた。つまり、経常収支黒字だからいいわけでもなんでもない。


エネルギー基本計画、首相「現実見据えバランスとれたものを」(TBS、2014年2月10日)
http://news.tbs.co.jp/newseye/tbs_newseye2124025.html

今の安倍政権が唱える新エネルギー基本政策は、原発再稼働しないことによって化石燃料の輸入が急増するから原発は再稼働すべき、というものだ。私はこの点には納得がいかない。

原発再稼働をしないことによって化石燃料の輸入が急増していることがミクロの現象である一方、それによってエネルギー価格およびその波及による物価の上昇により、個人・法人・公共部門それぞれの貯蓄投資バランスに負の圧力(「相対的に」貯蓄減)がかかるのがマクロの現象ということになる。あるいは米欧中の不景気(中国にはさらに政治的背景も)に伴う需要減もミクロの面から見ることができるし、その集合的帰結としてマクロの現象についても語ることができる。

ところが、エコノミストの中には、昨今の経常収支の統計を紐解くと、化石燃料輸入増による原因は限定的であるとも指摘している。

しかも円安による経常収支黒字化の効果が限定的というエコノミストが多い。もし円安が恒常的になれば時間差でそろそろ経常収支にプラスに効いてくる(いわゆるJカーブ)かもしれないが、現時点ではそうはなっていない。もし化石燃料輸入増による経常収支への負のインパクトが限定的なら、昨今の赤字化は産業構造および貯蓄投資のマクロ構造の長期的変化とみるべきなのかもしれない。もしそうなら、今は体外直接投資を旺盛に行っていることによって赤字化しているが、長期的にはそれによる所得収支の入り超過となり、故にさほどの心配はいらない可能性もある。

経常収支を理由に原発再稼働が必要というのは、やっぱり理屈が通らない。政策目標はあくまでも内需であり、経常収支は様々な要因から全体最適的に決まる副次的なものだ。

ただし最大のリスクは、経常収支赤字化のニュースが及ぼす投資家心理への影響だろう。仮に日本国債への信用が失われれば、いくら日銀が買い支えているとはいえ、経済全体に大打撃だからだ。

やっぱり財政を擁護するためか・・・だったら財政改革をちゃんとしやがれ。投資家だってそれに注目しているのだ。

本当に優先すべきなのは国内の経済活動の活性化であり、それは最大公約数的に国内の人々の全体的厚生に寄与する。