対中とか対韓とかに見られる集団心理と企業

最近の中国による防空識別圏の設定は明らかに由々しき問題で、国家の主権や国民の安全を脅かすことだから明確にNOというべき話ではある。

しかしここで言いたいのは中国の行動そのものではない。日本社会のこの全体的な「振れ」には、やっぱり違和感を感じる。左派のA新聞もこのところアンチ中国の匂いがプンプンしてくるし、ビジネス界だっていきなり急ハンドルを切って投資を中国から東南アジアにシフトしているらしい。

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そういう判断を否定するのでは全くない。ただ、周囲がするから自分もやるという集団心理を疑問に思う。そもそも差別化こそが企業の生命線ではないのか。

李明博の後半以降の大衆迎合的な政治のせいで、韓国社会は手のひらを返したように反日に転換した。日本のメディアを見ている限りではそう見えてくる。そしてそれを見ている限りの日本社会が今のように全体的なswiftをした反動で非難合戦に加わっているようでは、『自分たちが見た姿の』韓国と同じことをしていることになる。いわんや情報統制の強力な中国をや。

こういう集団心理による全体的な「振れ」は、危機などのパニックを起こす。それを社会は資本主義のせいだとか言って企業を吊しあげようとする。企業は社会から村八分にされたら存続できないから、社会の目を気にする。この悪循環が日本の社会の中における企業の姿だ。個人も企業も、個が確立されていないし、個を尊重しない。一見尊重してそうに見えるところは、一方でコインの裏側である責任を伴っていなかったりする。