統合報告と自律的な全体最適

昨今私が関心を持っているのが、企業の非財務情報(例えば長期的戦略、株主戦略などのコーポレートガバナンス、組織、人権、労働慣行、環境対応、公正な事業慣行、消費者課題、コミュニティへの参画など)と財務情報とを一緒にアニュアルレポートとして公表する、いわゆる「統合報告」というやつです。2000年代初頭にエンロンが破綻してSOX法などのコーポレートガバナンスが盛んに議論され、2000年代半ばに国連のGlobal Compactの原則に則って企業が対応するというのが少しずつ流れができてゆき、リーマンショックや近年の欧州危機などで更に社会が企業に公正性を求めるようになった流れがありますね。

当初Global Compactが言われたころは環境問題がある種ブームになっていました。ただ、環境の話をされても基本は多くの企業にとって外部性で、せいぜい訴訟リスク回避程度の誘因だったのでしょう。多くの企業も、そして私自身も、関心を今一つ寄せられませんでした。

しかしこのところ、ISO26000Global Reporting Initiative (GRI)などによる非財務情報の標準化などが行われており、日本の上場企業の多くがこれに対応するようになってきました。KPMGによるレポート「日本におけるサステナビリティ報告2012」によれば、日経225の構成銘柄の225社の日本企業のうち204社(91%)がサステナビリティレポートを発行しており、145社(70%以上)がGRIガイドラインを参照して作成し、26社は「統合報告書」として発行している、とのことです。

また、学問的にも、非財務情報の公開と株価とは正の相関が示されているなど、これまでの「環境は企業にとってコスト」という単純すぎる反論も通じなくなっているわけです。つまり、企業が戦略的に統合報告書を作成する時代になりつつあるということですね。

これはつまり、投資家が企業を評価する際、非財務情報が重要だということを示しています。ある意味当たり前ですね。パートナーを学歴やステータスだけで決めずに総合的に相手を理解してから決めるのと似ています。

非財務情報は投資家にとっての透明性だけの問題ではありません。企業が社会の一員である以上、その活動は社会に影響を受けるし、また影響を与えます。非財務情報報告/統合報告は、企業の意識そのものを変える可能性があるかもしれないのです。これまでの(特に1990年代から2000年代にかけての)日本の企業活動の多くは、自己最適化に固執していました。これは社会全体から見ればあくまでも部分最適だったわけで、制度上も全体にもたらす負の影響については自己最適化の範囲内で正当化されていました。統合報告の仕組みが制度化できれば、この個社の自己最適を、自律的な全体最適のシステムに導くことができるかもしれないのです。このことを一橋大学の伊藤邦雄先生は、「基礎競争力モデル」(品質、生産性向上など)を「企業競争力1.0」、「自己最適化モデル」(カイゼンの徹底などによるコスト削減など、全社的な視点で自社の強みを伸ばして弱みを克服するもの)を「企業競争力2.0」、そして「自律全体最適モデル」(敏感な組織感応力、横断知の創造、縦割りからの脱却など)への進化を「企業競争力3.0」として説明をされています。

統合報告の普及と標準化は、企業のインセンティブ全体最適化する大いなる可能性を秘めているかもしれません。これは画期的なことです。

別冊企業会計企業会計制度の再構築

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