危うい論理

前職では日本にいる学識者を国際会議にお呼びする関係で、日本の政治学者や経済学者の動向を気にして見ておりました。日本を代表して、世界の論壇に議論で打って出られる方はそう多くはなく、来られる方は毎年同じ顔ぶれとなっており、英語と中身の両方を備えた日本の学識者の層の薄さを感じていました。

そんな中で、ある出版社の方からある新刊の新書を渡され、こんな人はどうか、と打診されました。ジュネーブに戻る機内で読んでみたら、これはこれは日本の「インテリ」の将来を危ぶむ内容でありました。その方、最終帰国してみて知ったのですが、ずいぶんとメディアの露出も多いようですね。強烈な声と風貌と、キワモノ的発言が受けるのでしょうか。

一昨日くらい、雑誌「Voice」に載っていた氏の論説を読んで、またもや呆れてしまい、素通りしたのですが、たまたま先ほどこのページを見たら、当該論説が削除されていました。ほほぉ。なぜだろう。。。
PHP Online 衆知(Voice)の記事一覧 - Yahoo!ニュース

ググってみると、同じような内容のものがこちらにございました。
[浜 矩子氏インタビュー1] 円高は日本経済の成熟度の証 | PHPオンライン 衆知|PHP研究所

他人のあら探しをするような批評家にはなりたくはないものの、正しくないものが流布している以上、健全な批評はしなければいけないな、というヘンな正義感から、あえて指摘させていただきます。

外国為替とその国の経済力(?)とは、必ずしも関係ありません。米欧の経済不振から巨額の短期資本が米ドルやユーロから部分的にシフトしたにすぎません。スイスフラン高もこれと一緒です。ドルやユーロがだめなら、次にマシな通貨は日本円やスイスフラン、と投資家が資金移動をしているにすぎません。日本経済の実力が、実質実効為替レートの通りなのであれば、日本の国力がここ数年で一気に増強したことになります。ありえませんね。ましてや名目レートは論外。ドル円レートは、あくまでも相対的なものです。2008年以降、仮に日本経済が米国経済に比べて相対的にマシだったとしても、これほどの上昇を説明できるわけがありません。

それに、そもそも「国力」ってなんじゃいな? アメリカの「国力」って、何がどう落ちているんでしょう?

「円の価値が上がることは日本経済の成熟度の証(あかし)にほかならず、日本が債権大国化の道を歩むなかで、為替が円高に進むのは、当然の帰結」とのことですが、日本の実質実効為替レートは数年前までは大して上がっておらず、それが米国の自動車業界などからの外圧のネタにもなっていました。「成熟」した「当然の帰結」がなぜ急にここ数年で起きるのか、説明がつきません。

「専門はマクロ経済分析、国際経済」なのであれば、為替の理論的な決定要因と、実態のギャップくらい理解してしかるべきです。「長い目でみれば通貨の価値は、理屈どおりに動く」とは仰っていますが、そもそも昨今の目先の円高をとりあげて「国力」を賛美しながら、これがどうして長い目でみた結果と言えるのでしょう。

私はこれまで、たたき上げの研究者ではないだけに、特に大学で教えるようになってから、他人の経済の議論に批評を加えることに躊躇してきました。その理由の1つは、私自身が研究者としてまだまだ成功していなく、他の研究者が言うからにはきっと深い考察による裏付けがあるに違いないと信じようとしているからです。性急な判断は下さないようにしてきました。

しかし、上記の論説は、経済学の基本的な教科書レベルの問題です。日本の書店には、経済学の教科書に載っている仕組みと食い違うような「経済本」が多く並んでおり、テレビをつければこのような人たちが真顔で天下国家を語っています(まあアメリカも結構そうですが)。このような論壇とマスメディアの現状を憂います。

経済を知らない経済学者、経営を知らない経営学者、社会を知らない社会学者・・・自分の身の振り方を考えさせられます。